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恋に効く、仏教 Vol.18

恋に効く、仏教 Vol.18 第十八話
お盆で先祖は帰ってくるの?
=過ごし方で変わる次の一年=

2016.07.13

いよいよお盆の時期です。
7月盆の地域は、まさに今。
8月盆の地域は、来月がお盆です。
 
時期が違うのは、7月15日という日を新暦か旧暦かで見るかの違いで、地域ごとに異なります。
 
お盆は、盂蘭盆会というお話がもとになりますが、地域ごとで様々な風習があり、ここでは細かい話は飛ばしますが、
 
お盆と聞くと、
多くの方は、その由縁や、儀式の意味合いよりも
先祖が帰ってくる
という事への想いの方が強いと思います。
 
でも、本当に帰ってくるのでしょうか?
見たことはないし。
 
この様な話になったのには諸説あるようですが、
実際に帰ってきた人は見たことがないので、どうなっているんでしょう?
 
 
以前、法事の席で
「帰ってくると言うけど、実際帰ってきた人見たことないんだよねー
だれか、あの世に行ったら、しっかり確かめて、帰ってきたらお寺に寄って僕に報告してくれるといいんだけど」
 
と冗談めいて話すと、
 
九十過ぎのお爺さんが、
私に敬礼しながら
「私が頑張ってまいります!」
と言った事を思い出します。
 
大きな笑いに包まれましたが
 
そのお爺さんは、本当にそれから1年後に亡くなりました。
家族の方と、まだ報告来ないね、
と笑いながら今も報告を待っています。
 
帰ってくるか帰ってこないか・・・・・・
 
 
お盆に先祖が帰る際に、乗る乗り物として
胡瓜で作った馬と、茄子で作った牛があります。
先祖に馬に乗って急いで帰ってきてもらって、
帰りはあまり早くいかないように牛に乗ってゆっくりと帰ってもらいたいとの想いがあります。
 
これも地域ごとで異なるので、やっていない地域もあるかもしれませんが、
私の地域では、毎年これを作りお迎えします。
 
でも、最近、この胡瓜の馬と、茄子の牛、
スーパーで売っているんですよね・・・・・・
 
買う方が悪いのか、
売る方が悪いのか。
 
こんな物まで売るのか・・・・・・と少し残念な気持ちになったのを覚えています。
 
本来は、野菜を作るところから始めるのでしょうが、
胡瓜と茄子を用意して、
こうすれば乗りやすい。
こうすれば速く走れそう。
 
などと先祖の事を思いながら作ることが大切で、
形として、祭壇に置くのが大事ではないと思うのです。
 
 
私の住んでいる浜松市のある遠州地方では、初めて迎えるお盆の際は、
家で施餓鬼という供養をして、その後、
8月13日に盆義理といって、初めて帰ってきた亡き人に親戚・近所が皆で挨拶に来る行事があります。
 
 
あるお宅に、盆義理で伺ったとき、
驚いたことがありました。
 
祭壇の、
胡瓜の馬と、茄子の牛の隣に、
ジェット機が置いてあったのです。
 
なんでこんな所におもちゃが置いてあるんだ!?
子供のイタズラだろうと思って、
そこの家の子供を呼んで聞いたところ
 
小学校2年生になる男の子が置いたとの事。
 
やはりイタズラかと思って
なんで置いたのか?と尋ねると
 
その子は
「この前、施餓鬼に和尚さんが来た時に、馬と牛の話を聞いたけど、
馬じゃ遅いよ。
ジェット機の方が速い」

 
その子は、
おじいちゃんには、ジェット機に乗ってパッと帰ってきてもらって、
ギリギリまで家にいてもらって
パッと帰れば、
一番長くおじいちゃんと一緒にいれる
 
と思ってジェット機を置いたそうです。
 
 
もう姿形は、牛でも馬でも胡瓜でも茄子でもありませんが、
そこに思いがあるから
皆、そのジェット機を見て、
いいな。
と思うのです。
 
 
数年後、ほかの和尚さんが法話で似た話をしていたのを見かけましたが、
この子だけじゃなくて
純粋な子供の思いは、どこでも溢れるのだな、と思ったのを覚えています。
 
 
私たちは、
伝統的な行事にしても、
普段の行事にしても
 
形や体裁を整える事ばかりに思いがいきがちです。
 
でも、大事なのは想いを整えることではないでしょうか?
 
葬儀や、普段の供養でも、お経の時間だけが供養なのではなく、
それを迎えるために想いをもって準備し、臨む心が供養で、
日常のその人への想いが溢れ出た時間が、お経がある時間だと思うのです。
 
立派な祭壇を用意する事が大事なのではなく、
想いが形として溢れだすものにしなければいけません。
 
もちろんジェット機を置くのが正解とは言いません。
伝統の形で行えばもちろんいいのですが、
想いのない牛と馬であれば
子供の置いたジェット機には敵わないのです。
 
 
主題に戻して
 
先祖は実際に帰ってくるか、帰ってこないかは、
自分の番が来て、帰ってこられるか帰ってこられないか、確かめる他、実際にはわかりませんが、
 
それはさほど重要ではないのです。
 
先祖が帰ってくると言われているその時に、その人を想い、
実際に乗るかどうかはわからないけど、
その人が少しでも乗りやすいように
早く帰ってこられるように
と、想いを持って
その牛と馬を作っていく、
 
その作っている人の心に先祖は帰ってくるのです。
 
自分の心に
亡き人への想いを今一度
帰すか
帰さないか
 
帰ってくる、帰ってこない
では、なく
心に今一度、帰すか帰さないか
だと思うのです。
 
亡き人の事を、
想い、想像し、心に強く思って
目には見えなくても
ここにいるんだ。
と想って過ごす
その心に、その人は帰ってくるのです。
 
 
逆に言えば、
形をいくら整えても
その人への想いがなければ、
自分の心にその人は描かれず、
帰ってこないのです。
 
本当は、
一年中、その人を心に持ち、共に過ごしていくべきです。
ただ、忙しさや、あわただしさの中で、
少しずつその想いは薄らいでいくものです。
 
一年に一度。
 
お盆でお休みにもなるのですから、
 
今あなたをそこに存在させている先祖の事を想い、過ごしてはいかがでしょう?
 
お墓がなくても、仏壇がなくても、
生きている以上は、誰にでも先祖はいるはずです。
 
自分の命のルーツに目を向け
心を寄せて、
過ごしていく。
 
年に一度くらい、自分の心に先祖への想いを帰しませんか?
 
その様に、過ごす時間を持って、次の一年に向かうのと、
何も考えず、
わが命は、当たり前のように今日もあると、わがままに生きていくのと
 
必ず何か違いがあるはずです。
 
宗教や霊の話ではありません。
 
心の問題です。
 
恋愛だって、結婚生活だって、
仕事だって、近所付き合いだって、
 
うまくいくかいかないかは
 
あなたの心の豊かさや、懐の広さによります。
 
素晴らしい想いを皆さんがそれぞれ気づかなければいけません。
 
お盆は、素晴らしい想いへの気づきの良いタイミングです。
 
お盆だ、休みだ、混雑だ。
 
とだけ思い過すのではなく、
想いを寄せる時をお過ごしください。
 
 
皆さんの優しい想いが
形として溢れだすお盆であり、
形が整う事で、その想いがより一層充実し、
その素晴らしい想いへの気づきが
皆さんの日常を輝かせますように。
 
よいお盆をお過ごしください。
 
 

Writer Profile

木宮 行志
木宮 行志Koushi Kimiya

お寺婚活「吉縁会」事務局長 / 龍雲寺副住職

浜松市の龍雲寺に入寺後、小学生100名のサマースクールや、世界の子どもにワクチンを送る万灯会など、社会貢献活動を行う。

2010年より、静岡県西部で費用をかけず、安心した出会いの場を提供しようとお寺での婚活「吉縁会」を地元の若手僧侶とはじめる。2015年からは東京、2016年からは名古屋・岐阜でも開催。現在、会員は4000名。成婚は80組以上と大きな成果を上げる。僧侶という立場で、独身世代と向き合い、多くの縁結びをお手伝いする。

永代供養・樹木葬・坐禅会紹介『龍雲寺』
寺コン・お寺婚活『吉縁会』

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