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恋に効く、仏教 Vol.12

恋に効く、仏教 Vol.12 第十二話
離婚しない愛し方

2016.03.23

お寺で婚活をする吉縁会を始めてから早6年が経ちました。
始めたころは、お寺で婚活をしているところはまったくありませんでしたが、
今では大なり小なり様々なところで開催されていて嬉しい限りです。
 
最近はお坊さん主催ではなくて、
お寺でやれば人が来る、というのを嗅ぎつけた業者が、
会場にお寺を借りて行うものも出てきましたが(笑)
 
 
さて、そのような活動のなかで多くの人と接してみますと、
離婚された経験のある方が非常に多くて驚きました。
 
離婚の原因はそれぞれなので何も言えませんが、聞いてみますと、
どうしようもない場合もありますし、
別れなくてもいいのに、と思う状況の方もあります。
 
話を聞いているうちに、
どうしようもない場合以外の離婚を減らしたいという思いが、
僕のなかで強く出てきました。
 
新しい出会いをつくるのも、
離婚を減らすのも
ある意味同じことですから。
 
国も少子化対策をするのと一緒に
独身者を減らす対策をすればいいのに、と思っていましたが、
もう一つ、離婚者を減らすことに向き合えばいいのに、と思い始めています。
 
 
離婚した方が、婚活に来る場合、
多くの皆さんが言うのが
「二度と失敗したくない」
という言葉です。
 
失敗しないためには、
結婚しないか、
結婚して幸せに暮らすか、
どっちかしか方法はありません。
 
僕は、失敗を恐れて選びに選んでも
失敗するか、しないか、
これはわからないから選びすぎない事
とにかく結婚してみる事
出会った相手と幸せになる事
をいつも勧めますが
 
やはり離婚時の辛さへの思いが強くあるので、
少しでもリスクを減らそうと、
良い相手、良い条件、と望む一方です。
 
離婚しないためには、
相手を愛し続ける
という事になりますが、
愛って何でしょう?
 
 
仏教では、人を愛するという事を、
「愛」ではなく、
「慈愛」と言います。
 
この言葉の違いにどんな思いが隠れているのでしょうか?
 
結婚相手を探すとき、
皆さんの話を聞くと、多くは条件の部分を非常に重視しています。
 
お金のある人
やさしい人
かわいい人
 
人を愛さねばいけないのに、
 
人の前についている
 
〇〇な人
 
の〇〇を追い求めています。
 
仏教の思いで
慈愛と愛という言葉と比較した場合ですが、
 
「愛」は、
この〇〇を大切にする場合に使う言葉です。

 
でも、〇〇の部分は実際にはドンドン変わっていきます。
 
お金持ちだといっても、破産するかもしれないし、
 
やさしい人でも、心が疲れていれば、相手に優しさを分けられない時もある
 
かわいい人も、40年も経てば、みんなお婆さん。
 
〇〇はどんどん変化し、変わっていくのです。
 
その部分を愛していくことは非常に不安定なことです。
 
 
〇〇の部分を重視していけば、
結婚した後に
〇〇が変わったとき
約束が違う。
とお別れしたりする。
 
それではダメなのです。
 
どんなに条件は変わって、時が経っても
その人はそのままその人です。

 
〇〇な人の、〇〇はどんどん変わっても、
人は変わりません。
 
 
「慈愛」とは、人を愛する事です。
 
どの様に変化し、浮き沈みがあり、時を重ねても、
その人そのものを愛し慈しむ心が「慈愛」であり、本当の愛だと思うのです。
 
優しいから好き
ではなく
あなたが好き
 
の思いにならなくてはいけないのです。
 
 
仏教では「慈愛」と言いますが、
キリスト教では「永遠の愛」
 
よく教会式で、牧師さんが
病める時も、健やかなる時も・・・・・・
と様々な条件の変化をあげて、
それでも、相手を愛し、真心をつくすか?
と誓いを迫るのと同じです。
 
キリスト教の永遠の愛の本当の思いを感じずに、
気軽に誓っちゃうから、ダメなのです。
 
誓うっていうのは、その内容を深く知り、
本当に心に刻まなければいけないのです。
 
 
愛でなく、慈愛
愛でなく、永遠の愛
 
〇〇を見る愛し方をやめて、慈愛を誓う
本当の愛に目覚める
 
そうすればお別れするケースは減るのではないでしょうか?
 
もちろんDVなどひどい状況の場合は、別れたほうがいいでしょうが、
 
好きだった〇〇が変わってしまった
という事で、
別れていてはキリがありません。
 
 
第2話で、うちの婆さんの結婚の話を書きましたが、
 
どんなに状況も条件も悪くても
相手の良いところを見つけ、
脚もとの幸せを見つめ、
その人そのままを見つめていけば
 
100歳になったときに
幸せだった、
と言える時を相手と過ごせるのです。
 
 
別に「愛」という言葉が悪い言葉というわけではありませんが、
「愛」と言うのであれば
その言葉の裏に
「慈愛」の思いのある「愛」であってほしいと願うのです。
 
 
簡単に
「愛してる」
と、言うようになっていますが、
 
愛について深く考えて、
 
相手への愛し方を
 
少し考えてみませんか?
 

Writer Profile

木宮 行志
木宮 行志Koushi Kimiya

お寺婚活「吉縁会」事務局長 / 龍雲寺副住職

浜松市の龍雲寺に入寺後、小学生100名のサマースクールや、世界の子どもにワクチンを送る万灯会など、社会貢献活動を行う。

2010年より、静岡県西部で費用をかけず、安心した出会いの場を提供しようとお寺での婚活「吉縁会」を地元の若手僧侶とはじめる。2015年からは東京、2016年からは名古屋・岐阜・大分・仙台でも開催。現在、会員は10,500名。成婚は260名以上と大きな成果を上げる。僧侶という立場で、独身世代と向き合い、多くの縁結びをお手伝いする。

永代供養・樹木葬・坐禅会紹介『龍雲寺』
寺コン・お寺婚活『吉縁会』

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