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恋に効く、仏教 Vol.15

恋に効く、仏教 Vol.15 第十五話
真心だらけの道

2016.05.11

「祇園精舎」と聞くと何を思い浮かべますか?
 
日本人の大半は平家物語の冒頭
「祇園精舎の鐘の聲、諸行無常の響あり。」
を思う浮かべ、
祇園精舎自身が何を意味するのか知らない方も多くあると思います。
 
精舎とは簡単に言うとお寺のことです。
皆で集ってお釈迦様のお話を聞いたり、修行する場ということです。
 
お釈迦さまの頃に、精舎はいくつかありましたが、
祇園精舎の誕生には逸話があります。
 
 
スダッタという大富豪がいたのですが、
ある日、お釈迦様の説法を聞かれて
非常に感動したそうです。
 
ああ、是非お釈迦様のお話を多くの人に聞いてもらいたい。
 
その純粋な思いはスダッタを突き動かします。
 
そうだ。精舎を建てよう。
と思い付き、そして
 
精舎を建てるのに最適な土地を探し始めます。
 
すると、非常に良い土地が見つかるのですが、そこは、太子所有の土地だったのです。
 
スダッタは太子に
「是非土地を譲ってほしい」
と懇願しますが、
 
太子は相手にせず
冗談で、
「この土地の上に金貨を敷き詰めたら、土地を譲ってやってもいい」
と戯言を言ったそうです。
 
 
ただスダッタはあきらめません。
 
蔵にあった金貨を次々に運び始め、金貨を敷いていったのです。
 
広い土地に敷くには、金貨が足りない
 
でも、蔵中の金貨をかき集め、それでも足りなければ、都合を付け金貨を用意し
 
毎日毎日ひたすら金貨を敷いていったのです。
 
驚いたのは太子です。
 
冗談で言ったのに、それを真に受け
全財産を投げ捨てでも金貨を敷く姿に驚き
 
どうしてそこまでやるんだ。
そこまでして呼びたいお釈迦さまとはどれほど素晴らしい方なんだ。
 
太子は、スダッタをここまで突き動かすお釈迦さまと、スダッタの真心に感動し、
 
「土地は全部寄進します。どうぞ精舎を建ててください。私も建立に是非協力させてください」
 
と申し出て、祇園精舎は完成するのです。
 
太子の名前「祇陀」
スダッタが呼ばれていた呼称「給孤独」
から、この精舎は
「祇樹給孤独園精舎」と呼ばれるようになり、
略して
「祇園精舎」と呼ばれるようになったのです。
 
 
金貨を敷き詰めるとは、ものすごい金持ちだな、と話が終わっては意味がありません。
 
スダッタは、金貨で表しましたが、
本当は金貨でなくても良かったのかもしれません。
 
スダッタは、純粋な真心を敷き詰めていったのです。
 
一枚一枚丁寧に。
 
 
 
私の寺、龍雲寺は700年の歴史がありますが、金貨は敷き詰められませんでしたが、
 
その時その時の多くの人たちの
思いが敷き詰められて今があります。
 
誰の思いも入っていない土地はないと思い、ありがたくそこを歩んでいます。
 
 
これは、お寺だけの話ではありません。
 
皆さんの周りはどうでしょう?
 
真心の入っていない物は存在するでしょうか?
 
 
毎日歩むアスファルトだって、
誰かしらの真心が敷き詰められているのです。
 
私たちは、その真心を踏みしめて一歩一歩歩んでいるのです。
 
 
金貨は敷いてませんし、
祇園精舎のような立派な逸話もありません。
 
でも、普段簡単に歩いている道の一つ一つに小さいながらも物語があり、
思いがあり
真心が敷き詰められているのです。
 
アスファルトを敷く人が、歩く人や車が通りやすいようにとの想い
毎日掃除する人が美しい道をという想い
などなど
 
そんな思いの詰まった道を歩んでいるのです。
 
 
うちのお寺には、明治時代に道を作っている人たちと、その時の住職との記念写真が残っています。
 
重機もない時代、村の人が助かるよう、村が発展するようにと
村人総出で
トロッコを敷き、
スコップとつるはしで、山を削り、道を作っている写真です。
 
私は、何も考えず、その道を通っていました。
当たり前のようにそこにあり、
そこに何の思いも感じませんでした。
 
写真を見て、ハッとしたのを今でも覚えています。
 
何てことないこの道にも、物語があり
真心が敷かれていたんだ。と
 
 
私たちは
なんにも考えずに道を道としか見ず、
当たり前にあるものとして
すっと通ってしまいます。
 
毎日の通勤の際に、
歩む一歩一歩にも、他者の真心を感じ、
それを想像し、感謝していく。
 
その一歩と
 
何の思いの至らない一歩では
 
行き先が違うと思うのです。
 
 
その様な思いを心に持つことができれば、
 
恋愛にしても、人間関係にしても
相手の思いを想像し
素晴らしい関係が気付けていくのです。
 
 
道に広がる真心も、
目の前の相手の心も、
 
目には見えず、想像するしかありません。

 
目に見えないものを想像する力が
現代人は弱くなっていると言われます。
 
目に見えない思いの中でも
ふしだらな思いや、怒りや妬み
は、ほっておいても浮かんでは流れます。
 
 
でも、感謝や相手の優しい真心は
想像していかねばなりません。
 
 
毎日の一歩一歩に真心を踏みしめる
 
狭い日本。
先人の真心のこもっていない土地はどこにもないのではないでしょうか?
 
まずは、感謝の一歩。
 
そこから始めてはどうでしょう?
 
 
 
余談
祇園精舎には鐘はありませんでした。
平家物語の冒頭と少し違います。
ただ、日本の方々が、
近年鐘を寄贈したそうです。

Writer Profile

木宮 行志
木宮 行志Koushi Kimiya

お寺婚活「吉縁会」事務局長 / 龍雲寺副住職

浜松市の龍雲寺に入寺後、小学生100名のサマースクールや、世界の子どもにワクチンを送る万灯会など、社会貢献活動を行う。

2010年より、静岡県西部で費用をかけず、安心した出会いの場を提供しようとお寺での婚活「吉縁会」を地元の若手僧侶とはじめる。2015年からは東京、2016年からは名古屋・岐阜でも開催。現在、会員は4000名。成婚は80組以上と大きな成果を上げる。僧侶という立場で、独身世代と向き合い、多くの縁結びをお手伝いする。

永代供養・樹木葬・坐禅会紹介『龍雲寺』
寺コン・お寺婚活『吉縁会』

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